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- 2020.12.20 Sunday
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ほとんどの人は、「自分は間違っていないと思っている」と、今朝の師匠の話を聞いて、
あっ、確かにそうだと思った。
自分の判断が正しい、または、これが正しいんじゃないかと思うから、人は先に進む。
私だってそうだ。
でも、その判断はどこからきているのかと考えると、純粋な知性ではなく、
自分という汚れた存在が下してる。
(こう書くと、ちょっと抵抗ある人もいると思うけど、Yogaの哲学では、
聖者と呼ばれるような人以外は、この世の人は全員汚染されていると考える。
だからYogaをして、自分を浄化して、正しいビジョンを持とうと修練する)
なんで汚れてるのか。それは、全て「自分」中心に世界が回っていると考えてるから。
新年に神社に行く。または、教会やお寺に行く。
今年の幸福を願う。
「○○に、合格しますように」
「結婚できますように」
「商売がうまく行きますように」
みんな当たり前に祈る。
私は小さい頃から考えていた。
こんなにみんなが自分の利益のことを願ったら、神様は処理しきれないのでは?(笑)
この前、何の気なしに、FBに流れてきた宣伝なのだが、
「正しい祈り方」(こういうタイトルだったか、正確に覚えてないけど)
「あなたのその祈り方で、本当に願いは叶いますか?」みたいなサブタイトルが。(笑)
ちょっと面白かったので、クリックすると、私と同じことを言っていた。
「自分のために」祈ると、神様は聞いてくれないか、叶えてもらえない可能性が高いと
いうのだ。
ほぉ〜。
じゃあ、どう祈るのかというのは、その本だか、電子書籍だかを購入しなければ
わからないのだが、たぶん、自分の利益、自分の持ち物と思ってる家族だけの
ために祈るのではなく、神様が喜ぶことの為に祈りなさいよということだと思う。
合格して一生懸命勉強して、人のために尽くすようにしたい。
結婚して足元を固めて、人のために尽くせる自分になりたい。
商売が上手くいって、儲かったお金を人のために使いたい。
頭が良くなって、人のために役立つ研究をしたい。
何でも「人のために」「神様のために」願うことだ。
ちょっと話が横道に逸れたが、
自分の持っているものを人のために使おうとすると、絶対良いことが起こる。
神様は絶対見てるなあと、最近特に強く感じる。
だから、自分が正しいと思うビジョンは、「それ、神様が喜びますか?」に照らしてみることだ。
昔の人が、「お天道さんは見てる」と言ったり、
私がよく親に、「隠しても、神様は全てご存知ですよ、見てますよ」と言われたのと同じだ。