日記 オールオアナッシングをやめる

  • 2019.07.18 Thursday
  • 23:05

 

この世のほとんどが、白でもない、黒でもない、グレーの部分でできている。

 

それなのに私たちは、白だ黒だ、好きだ嫌いだ、良い悪いとジャッジして、

 

生きている。

 

自分にとって有益だと思うことを取り入れ、そうではないことは切り捨てるか

 

見ないふりをする。

 

そうしなければ、この世の荒波を越えていく力や時間、お金を無駄遣いすると

 

思っているから。

 

 

でも、実は自分が無駄だと判断したものが、本当は必要だったということがある。

 

よくあるのは、嫌だから遠ざけようとして離れてみたら、また同じような事が

 

やってくるというもの。

 

それは、自分にとって必要だからやってくる。

 

それに気づかなければ、何度でも同じことが起こる。

 

気づいて向き合うと、起こらなくなる。

 

 

ジャッジは、自分一人で生きていると思うからやってくる。

 

そういう人は、委ねるということができないので、フローに乗ることができない。

 

そういう人は、愛されることに慣れてないので、愛することも苦手。

 

自己主張をやめて、素直になってみよう。

 

嫌いな理由を探すのではなく、少しでも心地よさを感じる部分を見つけよう。

 

利益を基準にせず、愛を基準にしてみよう。

 

 

もし今、走っていかなければならないような急用がないのであれば、

 

目の前の人に、向き合ってみることだ。

 

ジャッジをせずに、その人の言うことを丁寧に聞き、一緒にいる。

 

それだけで、何かが変わってくるのがわかるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日記 哲学とは人生の目的を知る勉強

  • 2019.07.17 Wednesday
  • 19:47

 

高校の頃、哲学の授業があった。

 

私は「ソクラテスの弁明」を読み、ソクラテスのしたことに深く感動した。

 

それは、ソクラテスが、自分が無知を装い、人々に質問していって、

 

質問された人が本当は無知であるということを、本人に気づかせて

 

いったからだ。

 

例えば、「幸せになるために、この壺を買え」と言っている人がいたとする。

 

すると、「幸せって何ですか?」とその人にソクラテスは聞く。

 

「幸せは、物を持つことだ」とか、「お金を儲けて、好きに使えることだ」とか、

 

様々な答えが返ってくる。

 

すると、ソクラテスは、「お金を好きに使うことがどうして幸せなんですか?」と聞く。

 

そうやって、どんどん質問を深くしていくと、答える方は「そういえば、どうしてなんだろう?」

 

という境地にまで行き着き、自分は本当は何もわかっていなかったということに

 

気づいていく。

 

もちろん、そこでエゴの強い人は怒り出したりもするわけで、ソクラテスは多くの敵を

 

作ってしまったのだが・・・。

 

 

自分の幸せ、自分の人生の目的を、早いうちに自分に問いかけてみると良い。

 

そうしないと、人生の時間を無駄にしてしまうかもしれない。

 

私はこんな歳になってから、Yogaに出会って自分の役割に気づくことができた。

 

今、やっと実家の片付けが終わって、自分が持っているものをどんどん捨てているところだが、

 

どうしてこんな物を買ったのだろう?どうしてこんなことにお金を使ったのだろう?と思うもの

 

ばかり。もちろん、その時は楽しかったのだから、仕方なかったと思うしかない。

 

全ては一時的な満足に終わるということを、その時は気づかなかった。

 

それらがわかったから、私はYogaに出会ったのだろうと思って、納得しようとしているけれど、

 

もし若い頃に気づいていたら、無駄なお金、無駄な時間を費やさずに済んだと言えるかも

 

しれない。

 

と言っても、これがカルマを消化したということなのかもしれないし。

 

全ては定められたことなんだろうなと思う。

 

 

今ある欲望を抑えたとしても、心の中に欲望の種がある限り、輪廻転生すると言われている。

 

何故なら、この世に生まれて来たのは、欲望があったからなのだ。

 

前にも書いたけど、私は輪廻転生できるなんて、いいじゃん!(^^;)と思っていた。

 

しかし、今の状態に生まれると決まっているわけではないのだ。

 

 

手塚治虫の「火の鳥」にも輪廻転生のことが描かれていたが、非常に苦しい環境に生まれる

 

ことだってある。

 

人間に生まれるとは限らない。

 

虫に生まれることだってあるかもしれないわけだ。

 

それは本当に恐ろしい。

 

 

話は戻るが、本当の人生の目的・・・・。それは一時的な満足に終わるような

 

刹那的なものではない方が良い。

 

そして、できれば物質的な欲望から離れたものの方が良い。(昨日の日記も読んでください)

 

どうしたら欲から離れられますか?というと、それはひたすらYogaをすることで

 

可能になるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日記 何のために行為を行うか

  • 2019.07.16 Tuesday
  • 18:47

 

昨日、結果のために行為するのではなく、淡々とやるべきことを続けることが大切という

 

ことを書いた。

 

この世には、原因があるから結果が来るという法則があり、みんな、目標のために行為を

 

行う。

 

ヴェーダの哲学では、この自分の利益のために行う物質的な作用、反作用の法則を

 

カルマの法則と言う。

 

多くの人が、目標のために頑張り、結果が欲しいから努力する。

 

頑張った分だけ結果が出ると、楽しく感じるのが人間だし、結果が出るともっともっとと

 

欲が生まれ、頑張りたくなる。

 

それは通常良いこととされるし、たぶんこの世の多くの人がそうやって生きているのだが、

 

それを自分の欲のためにしてはいけない。

 

人によっては成功をアピールし、自分が特別な存在だと人に思われたいと思う。

 

それも名誉欲という欲だ。

 

自分の欲のためにした事は、必ず良くない反動を呼ぶ。

 

反動がどういう形で来るかはわからないけれど、例えば、敵が増えたり、突然上手くいかなく

 

なるなどだ。

 

だから、何のために、誰のために頑張るかが大事になって来る。

 

どんな意識でするのかで、それが大きなカルマを生むか、小さくて済むかが変わると

 

言われている。

 

欲は持っていても良い・・・というか、湧いてきてしまうもの。

 

だったら、それを神様のため、人のために愛を持って使うことだ。

 

そうすると、自分も結果的に愛という利益を得られる。

 

これほど素晴らしい利益が他にあるだろうかと思う。

 

 

 

 

 

 

日記 魂が震える方向に行こう

  • 2019.07.15 Monday
  • 23:47

 

私たちは物質世界にどっぷり浸かって生きている。

 

いつも書くように、肉体の感覚を満足させることに生きがいを

 

持っている。

 

それが普通のことだ。私もYogaを知る前はそうだった。

 

物質世界では、知性、知識を持っていないことを無知と呼ぶが、ヴェーダの教えでは

 

スピリチュアルな目が開かれていないことを「無知」と呼ぶ。

 

無知な人は、肉体感覚を満たしたいので、結果を求める。

 

だから、肉体や心に効果を感じられないことには興味を失う。

 

私自身、ヴェーダを学んでいて、ほんの僅かばかりの知識は得たかもしれないが、

 

相変わらずスピリチュアルな目は開かれていない。

 

ただそれでも、その方向へ進んでいくことに魂が喜びを感じるから、ただ淡々と続けてる。

 

すると、肉体や心自体を満足させなくても、安定しているのを感じる。

 

 

Yogaに出会っても、何も感じない人もいる。

 

それはタイミングではないからだ。

 

私も昔そうだった。出会ったのに、何も感じなかった。

 

(でも、Yogaの先生ってどうしてみんな穏やかなんだろうとは思っていた)

 

出会う時には出会う。

 

そして、出会ったら、大事にして欲しい。

 

だって、Yogaに導かれたということ自体が、大きな幸運だと思うから。

 

効果なんて、実はなくても良いのだ。(あれば嬉しいけどね^^)

 

正しく続けていれば、自然に何か吉兆がやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

日記 主人公をやめる

  • 2019.07.14 Sunday
  • 22:27

 

アーサナで、キツイポーズを頑張ってやってる時、呼吸を忘れてはいけない。

 

呼吸を忘れた途端、私たちは「肉体感覚」に包まれてしまう。

 

だって、肉体動かしてるんだから、当たり前では?と思うかもしれないが、

 

肉体に異変を感じても、私たちは呼吸とつながっていなければならない。

 

呼吸・・・純粋なエネルギー。

 

それはイコール私たちを守ってくれているものと言っていい。

 

何から守ってくれているのか。

 

肉体意識という汚れから。

 

 

私たちは、すぐ自分が主人公になってしまう。

 

これが肉体意識だ。

 

「判断」を自分の意思でしている時、それが正しいと思ってやっている。

 

しかし、自分が正しいと思うことこそが、肉体意識であり、自分が主人公と思っている

 

証拠なのだ。

 

自分が主人公である限り、不思議なことにたくさんの苦しみがやってくる。

 

だから、主人公をやめるのだ。

 

肉体の声を聞くのは良い。

 

痛いよ。キツイよ。気持ちいいよ・・・という声。

 

でも、そう言っている心を、外から眺めるような位置にいることだ。

 

そのために、呼吸から離れないでいる。

 

肉体がどんな状態でも、心が何を言っていても、自分は純粋であり続けようとする。

 

呼吸とつながっている時、私たちはとてもクリアーになれる。

 

 

日記 考えが自分を縛る

  • 2019.07.13 Saturday
  • 16:22

 

病気で肉体も心も辛くて、外に出られなかったという方が外に出ることは

 

大きな勇気がいることだと思う。

 

大きな壁を頑張って乗り越え、Yogaに来てくださった方がいらした。

 

クラスの途中で笑顔も見えた。

 

笑顔。それは心が溶けないと出てこない。

 

Yogaがくれるギフトを受け取れると、ハートが輝く。

 

 

今朝の師匠のお話。

 

頭で考えている、ということはイコール、肉体意識であるということだと。

 

どういうことかというと、「自分」の考えによって行動を変えているということ。

 

例えば・・・体や心が辛い状態。

 

そこからネガティブにあれこれ考えてしまうので、次の一歩は後ろ向きなものに

 

なってしまう。

 

辛い。だからこそ、そこから脱したいのだけれど、「考える人」は、シンプルに動けない。

 

リスクにとらわれる。

 

考えが自分を縛る。

 

考えが考えを生む。

 

 

Yogaに勇気を持って来てくださった方の友人の方が、

 

「良いものと繋がろうとしていった方が良い」と、その方に言ってくださったそうだ。

 

「それで、いつも慎重になりすぎて新しいことを始められないけれど、今回は

 

このままでは変わらないなと思って、来てみたんです」

 

 

自分を縛るものに気づいて、初めの一歩を何とか踏み出してみて。

 

そこから世界が広がる。

 

 

 

 

 

 

日記 神様を喜ばせると・・・

  • 2019.07.12 Friday
  • 23:11

 

Yogaで肉体や心をコントロールでき、自己中心的な考え方(アハンカーラという)を

 

取り、この世を作られた神様の為に生きることができるようになると、

 

結果的に、思いやりの深い人になって行く。

 

だって、神様に仕えるということは、キレイな心であろうとすることに等しいから。

 

自分が自分がという考え方の人が、真に神様に仕えることなどできない。

 

だから、Yogaでどんどん肉体(心も含む)の汚れを取っていくのだ。

 

この世を作った神様は何を喜ぶのか。

 

神様が作られた生命を大事にすることも、神様を喜ばせる行為だ。

 

思いやりの深い人になると、自然に表情も美しくなる。

 

そして、だんだん敵がいなくなる。

 

 

自分意識でいると、本当に色んな問題がやってくるけど、

 

いつも自分を下に置いて人に尽くせるようになると、問題と思っていたものは

 

それほど大きな問題ではなかったのだと気付けるようになるのだ。

 

自分のテリトリーを守ろうとすると、そこには様々な問題がやってきてテリトリーを

 

侵そうとするが、テリトリーなんてどうでもよいと思っていると、もっと大きな

 

範囲で幸福がやってくるのは不思議だ。

 

それが神様がくださる愛なのだと思う。

 

 

日記 心をコントロールできたら

  • 2019.07.11 Thursday
  • 22:55

 

いつも生徒さんと話していると、感心させられる。

 

みんな頑張って毎日を生きている。

 

そして、ほとんどの方が不調や、気分の浮き沈みを自覚していて、それをスッキリさせに

 

クラスに来てくれる。

 

イライラがなくなった。

子供を叱る前に、いったん考えるようになった。

よく眠れるようになった。

歌の先生に褒められ、何か始めたの?と言われた。

 

などなど、Yogaの効果を教えてくれる。

 

聞いてると、本当に嬉しくなる。

 

えっ!そんな効果まであるのかと、こっちが驚くこともある。

 

Yogaに出会えること自体が、すごい幸運。

 

良かったね。

 

心のケアがないYogaは片手落ち。

 

少しでも毎日の大変さから解放されたら、今度は人に良いバイブレーションを広げる人に

 

なっていけますように。

 

 

私が前頭葉を鍛えて、できなかったことがどんどんできるようになった話を書いているが

 

実は肉体意識(心、考え)は脳の深い部分から生まれ、深い部分ほどどちらかというと、

 

原始的な働きを司る部分、というのを脳科学の本で読んだ。

 

それをコントロールするのは脳の表面に近い部分だ。

 

だから、表面に近い部分を使えるということが、人間の人間たる部分で、感情をコントロール

 

できず、衝動に動かされてしまう人は、動物の意識に近いと言える。

 

でも、今それに気づくことができたなら、焦らず練習していけば良いのだ。

 

キレやすかったり、イライラしやすいのなら、高次元な意識につながる練習をしていこう。

それは決して難しくない。

 

いつも書くけれど、自転車に乗るようなもので、いったん乗れるようになると、あ、これかと

 

わかるような感じ。

日記 時は同じに過ぎない

  • 2019.07.10 Wednesday
  • 23:19

 

実家片付けも、ほとんど終わりかけ。

 

毎日が飛ぶように過ぎて行くけれど、以前のようではない。

 

どうしてかと考えると、あ、そうか、目の前のことに頑張れているからだと

 

気づいた。

 

何かをしながら、未来や過去のことを考えていると、目の前でやってることを

 

全く味わえなくなってしまう。

 

前は、いつも別のことを考えながら作業してた。

 

ふと気がつくと、1日が終わっていて、1週間も、1ヶ月も、1年もあっという間

 

だったなあ。何やってたんだろう?と思うくらい、アッサリ時が無くなっていた。

 

でも、今してることに没頭すると、時間が「無くなる」ことがない。

 

目の前のことに一生懸命になれるって、何て素晴らしい慈悲なのだろうと思う。

 

 

それでも、この身体で生きる時は短い。

 

だから、大切に、一瞬一瞬を味わって生きたい。

 

空っぽになった実家に、家族で過ごした時の幻影を見た。

 

 

日記 満たされたら、次は満たしてあげること

  • 2019.07.09 Tuesday
  • 19:23

 

Yogaをして、心がコントロールできるようになってくると、本当に

 

生きるのが楽になる。

 

私は若い頃から頭の中がごちゃごちゃで、いつもポイントのずれたことを心配しまくり、

 

人の気持ちまで妄想して心配し、気持ち悪くなったりすることもあった。

 

ごちゃごちゃは、物事の整理ができないことや、(片付け、思考も含め)

 

根気が続かないこと、常に外側に興味を持ち続けて刺激を求めることからやってくる。

 

それを何とか克服できたのは、前頭葉を鍛えることが解決方法だという本を読んで、

 

毎日の生活を修行だと思ってやってきたからだけど、常に頭の中をスッキリ

 

整理された状態で生活するには、まだまだ足りなかったと思う。

 

今は、だいぶごちゃごちゃから自由になれた。それはYogaのおかげだ。

 

いつも頭の中のおしゃべりが消えることがない状態は、本当に辛い。

 

でも、当の本人は、それが辛いことだという自覚がない。

 

おしゃべりが消えて初めて、「おお!これか」と、頭の中に何もない状態を

 

初体験できるからだ。

 

そのすっきりとした感覚。

 

 

だけど、今日伝えたいのは、そこではない。

 

自分の心や考えから自由になれたら、生きるのがとても楽になる。

 

でも、その先に何をするかが大切だと思うのだ。

 

自己否定するところから、自分の満足の為に生きられるようになった。

 

そしたら、次にするのは、やっぱり自分の感覚満足を放棄する生き方にしていくこと

 

なのではないだろうか。

 

私はYogaで愛を学べた。

 

ヴェーダという教えがなかったら、Yogaは成り立たない。

 

Yogaと出会えて良かったなと、心から思っている。